ラグーンブリュワリー合同会社2022.03.15
業界、若手、文化を育む
「感激を誘う」酒造り。
今、日本酒業界が熱い。2021年新設の「輸出用清酒製造免許制度」によって、新たな酒蔵が次々に産声を上げている。新潟の老舗酒蔵を変革し、斬新かつモダンな「酒の楽しみ方」を提案してきたキーパーソン・田中氏もまた、同制度を利用して新たなスタートを切った。その足取りを追う。
田中 洋介(たなか ようすけ)1979年生まれ。千葉県出身。東京の広告業界からNSGグループへとIターン。二年間のシンガポール出向を経て今代司酒造(株)に入社。2014年からは代表に就任し、酒蔵の伝統を新解釈した施策を次々に打ち出してきた。2021年夏、十年間奉職した今代司酒造を退社。日本酒業界のさらなる発展のためにラグーンブリュワリー合同会社を創業。
心機一転、ゼロから始める蔵作り
まずは、御社の事業概要を教えてください。
私たちラグーンブリュワリーは、海外向けに「清酒」を、国内向けに「その他の醸造酒※」を、それぞれ製造・販売すべく、2021年末に酒造りを開始しました。まだまだ駆け出しのブリュワリーですが、ゆくゆくは全国の酒屋さんに取り扱ってもらえるよう、美味しい酒をたくさん提案してまいります。
※醸造酒類のうち清酒・果実酒・ビールなどを除いた酒。どぶろくや、米以外の副原料を用いるものが該当。
また、現在整備中の酒蔵には追って飲食スペースを設け、カフェとしても営業していく予定です。酒類の試飲はもちろん、コーヒーや酒粕を使ったスイーツなど、酒が苦手な方やお子様にもご満足いただけるメニューをご用意。現場の空気を体感しながら、酒の魅力を存分に味わえる……。そんな空間をイメージしています。
御社の起業にあたって、今代司酒造の代表を退任された田中社長。ゼロからの再出発に至るきっかけは何だったのでしょう?
起業を決心した一番の理由は、輸出用清酒製造免許の登場ですね。これまで、日本酒の製造免許というのは新規交付が長らく制限されていたんですが、2021年4月より(輸出のみの制限付きではありますが)申請が可能になりまして。これは業界全体にとって、非常に大きな転機だったんです。
加えて前職は、入社からちょうど十年という節目を迎え、事業責任者として「私にできることはやり終えた」という実感がありました。立場的にはあくまで雇われ社長でしたし、次のチャレンジを試みるには申し分のないタイミングだと思い、今回新たに、自分自身の酒蔵を創業した次第です。
今代司酒造の規模感とは打って変わった、極めてコンパクトな形態とお見受けしますが。
それについては、アメリカのとあるマイクロブリュワリーに影響を受けています。昔、シアトル某所の一般的なアパート、その一室を改装して作った酒蔵を見たことがありまして。ここよりもさらに狭いくらいの施設でしたが、ちゃんと酒造りに必要な条件が揃っていて、思わず感動してしまったんですよ。
ホームブリューイングという文化は、海外では決して珍しくなくて。日本と違って自家醸造が違法にあたらない国では、家庭用のビール醸造キットなども一般的。人々の生活において、アルコール飲料という存在が、ごく身近なものとして親しまれている。そうした文化の違いに圧倒されつつも、同時に抱いた「羨ましい」という思いが、ラグーンブリュワリーには投影されています。
新たな拠点を置くロケーションとして、ここ福島潟のほとりを選んだ理由は?
それはもうシンプルに、自然が好きだから。学生の頃から、いずれは自然の中で仕事がしたいと思っていたんです。新潟市には信濃川もあるし、海も近いしでよりどりみどりでしたが、何より新潟らしい場所といったら、その名の通り「潟(lagoon)」だろうと。
潟って、寒くなるとたくさんの渡り鳥たちが訪れ、しばし留まり、また羽ばたいていく、サイクルのあるスポットじゃないですか。生物多様性の豊かさを強く感じる場所であり、どこか遠い異国との、インターナショナルな繋がりを感じる場所でもあり……。
だから私たちも、潟のように「多様性に富んだお酒を育む」ですとか、渡り鳥のように「世界へと羽ばたくお酒を造る」みたいな……。この土地の持つ魅力になぞらえた酒造りがしたい。そういう願いを込めて、ここに拠点を構えました。
社名も然りですね。シンプルに「潟の酒造」ということで、ラグーンブリュワリー。もっとも、これについては結構悩みまして。田中酒造、みたいなオーソドックスな案もあったんですが(笑)。でも、せっかくゼロから起業するんだから、他の酒蔵さんとはハッキリした差別化を図ろうと思い、最終的には今の形に落ち着きました。
海と業種を越えて、日本酒の道へ
そもそものお話になりますが、田中社長と酒造りとを結ぶ原点はどこにあるのでしょう?
大学時代の親友が、酒屋さんの息子だったんです。しかも、彼のご実家が大学から徒歩圏内にあったものだから、講義終わりによく遊びに行っては、美味しいお酒を振る舞ってもらうという、なんともラッキーな立場にいて(笑)。当然、大の日本酒好きになった私は、広告系の業界で働き始めてからも、酒にまつわるイベントを趣味で企画したりしながら過ごしていました。
そういう「自分はこれが好き」っていうところを、普段から前面に押し出していたせいでしょうね。三十歳を迎えて、漠然と転職を考えていた私に、新潟出身の同僚が「地元の酒蔵が人を探しているらしいけど、興味あるんじゃない?」と声をかけてくれたんです。
詳しく聞けば、新潟のNSGグループという組織が、地元のいろんな企業を経営支援していると。新潟の老舗酒蔵、今代司酒造もまたグループの支援を受け、新たに事業責任者を探そうとしているらしいと。NSGの代表、池田祥護さんも紹介してもらえたので、さっそく東京でお会いして「酒の仕事があるなら、やらせてもらえませんか」と直訴したんです。
驚きの行動力ですね……! そうしてNSGグループへと転職し、今代司酒造に?
いえ、結論から言えばシンガポールに行くことになりました(笑)。当時はまだ、早急に今代司酒造をどうこうするタイミングではなかったようで、いずれ日本酒を世界に羽ばたかせるためにも、まず現地に行っておいでということで「アルビレックス新潟シンガポール」への出向が決まったんです。
予想外ではありましたけれど、幸いにも海外生活への抵抗はない方でしたし、スポーツも好きだったので、それはそれで面白そうだと承諾しました。マーケティングマネージャーという肩書で、二年ほどクラブ運営を手伝わせていただき、2012年に帰国。その後、ようやく今代司酒造への入社を果たす……という流れです。
プロサッカークラブのマネジメントを通じ、得られたものはありましたか?
いろいろとありますが……忘れられないのは、出向の真っ最中だった2011年。東日本大震災がありましたよね。私もYou Tubeの動画を介して津波や火災の様子を目撃しましたが、肝心の身体は海外にある。母国が大変なことになっているのに、何もできないことへの歯がゆさを感じていたんです。
そんな折、元サッカー日本代表の中田英寿さんが、震災発生から一ヶ月と経たぬうちに実現させた復興支援チャリティーマッチ「S.League Cares, TAKE ACTION ! With Albirex Niigata Singapore」。中田さんを筆頭に北澤さん、澤登さん、前園さんと往年のスター選手が集まり、シンガポールのスタジアムを超満員にしたんですが、その運営をアルビレックス新潟シンガポールの人間として担当することになりまして。
中田さんとは何度か、会議や会見の場で顔を合わせる機会がありました。その過程で、自分の得意分野をいかに世のため、人のために活かすか? 実行するか? そういうことを学ばせてもらって。自分もこういう人間になりたいと、心の底から思わされたんです。居ても立ってもいられず、NSG本部に「やっぱり自分は酒で頑張りたいから、早めに帰らせてほしい」と打診したくらい(笑)。
中田選手らがサッカーでそうしたように、ご自身の得意分野で誰かの力になりたいと。
そうですね。一度は潰れかけた今代司酒造を社員みんなと協力して復活させ、その様をいろいろな人に見てもらうことができたなら。同じく経営難に苦しむ全国の酒蔵さんに、きっと勇気や希望を与えられるはずだと思って。この十年、大変なこともたくさんありましたが、精一杯やらせてもらいました。
絶えぬ「新しい驚き」の提案
さまざまな業界を渡り歩いてきた田中代表の、次なる舞台となるラグーンブリュワリー。今後の展望をお聞かせください。
まず、日本酒界隈にも「ツーリズムを交えた体験の提供」が必要かなと。例えば海外のワイナリーには、都市部を離れてはるばる訪問し、ぶどう畑や醸造所を見学し、併設のレストランでランチを取り……みたいな、ひとつの観光地として成立するスポットが数多く存在します。
一方の酒蔵はそうした面がまだまだ弱くって、クローズドなんですよね。もっとオープンな楽しみ方を提供していかないと、なかなかファンは増えないだろうと思っていて。これは今代司酒造にいた頃から、酒蔵見学などを通じて実践していたことではありますが、今後も変わらず大事にしようと思っています。
……とはいえ、この狭さで酒蔵見学なんてやっても一瞬で終わっちゃいますし、現状「創業何百年の歴史が〜」とか「建築としての趣深さが〜」みたいな訴求もできません。というわけで、この際、辺りに広がる福島潟の魅力について一緒にお伝えする、ネイチャーツアーみたいなことをやってみたいと思っていて。
なるほど。酒蔵を取り巻く環境そのものを含め、ラグーンブリュワリーの魅力と銘打つわけですね。
学生時代はよく、長期休暇を利用してネイチャーツアーガイドなんかのアルバイトをしていたので、その頃の経験を活かして。福島潟のことはもちろん、そこに訪れる野鳥のこととか、この地域の風土についてガイドできる程度には理解しなきゃいけないので、ちょっと昔を思い出して勉強しておこうと思っているところです。
ゆくゆくは、こういう環境だからこそ、こういう酒を造っていますっていう話にも繋げたいですね。今はまだ、何となく「トマトが名産らしい」とか「お芋が採れるらしい」くらいの認識しかないんですが、地理的条件と地域の魅力には必ず関連性があるので。しっかり勉強して、酒を造る上でのバックグラウンドもアピールできるようにしておきたいなと。
その点「その他の醸造酒」ってカテゴリは本当に自由で、うちと相性がいいんですよ。副原料についても遊びが効くといいますか、ビールによく用いられるホップなんかを使うことも可能なので、例えばビールと日本酒のいいとこ取りをした酒ですとか、毎年どこかに新しい驚きがある酒造りができるはずなんです。
酒蔵然とした「歴史と伝統」がないからこそ、常に「新たな挑戦者」であり続けられる……。そんな心持ちでしょうか。
それはそれで、飲み手にとっても造り手にとっても刺激的じゃないですか。私自身、これまでの人生を客観的に振り返ると「何かこの人、いろいろやってるな……」って感じだと思うので(笑)。今後は酒造りっていう土俵の中で、気になったことはとりあえず何でもやってみる、相変わらずのスタイルを貫いていけたらいいなぁと。
「愚直」であれ、ということ
一方で、より長期的なスパンでの達成目標はございますか?
ラグーンブリュワリーをどんどんオープンにして、将来的には「この程度の投資額・この程度の規模でも酒造りってできるんだ」っていうのを証明できればなぁと。そうすることで、今どこかの蔵人として働いている若い世代が「それなら自分も、酒蔵作ってみようかな」って夢を持てるようにしたいんです。
いずれ、全国にうちのような小さい酒蔵がたくさん建つようになれば、きっと一般の方々にとっても地酒という文化がもっともっと身近なものになっていくと思うので。そういう未来が来ることを願って、私たちなりに貢献できるよう活動を続けていきたいと考えています。
では最後に、そうした未来を担う次世代の若者たちへメッセージを。
これは持論ですが、個人的におすすめなのは、自分の「好きなこと」や「興味があるもの」について、周りに知っておいてもらうこと。口で言うなり、行動するなりしていれば、いずれ何らかの形でチャンスをくれる人が現れるものです。実際に挑戦するかどうかは後で悩めばいい話なので、まずは深く考えず口に出しておくのが得策だと思います。
あとは……「愚直」であれ、ということ。言い換えれば「素直」でしょうか。迷ったときは「自分が楽しいと思える方向」に進もう、くらいのニュアンスです。もちろん、それにはそれなりの苦労もありますが、何だか毎日モヤモヤするなっていう人は、あえて思い切った選択を取ることで、頭の中がクリアになるかもしれません。
とはいえ、大きな決断を前に人は、選択そのものを躊躇してしまうものだと思います。
確かに、リスクを背負うって当然怖いことです。私も今回かなり愚直に起業しましたが、プレッシャーがまったくないわけじゃないんですよ。ただ、それでもここまで思い切ることができたのは、今代司酒造で社長業を経験する中で得た、ある知見のおかげでして。
それは、端的に言えば「死なない」ってことです。完全に自営業者となった今はもちろん、NSGグループという組織の後ろ盾があった当時でさえ、経営者を名乗る以上はいろいろと、決断や覚悟を迫られる場面がどうしてもありました。
その結果、失敗したり、損したり、たくさん借金したり、事業が駄目になったりってことは当然ありえます。それでも、並大抵のことじゃ命までは取られないんですよね、実は。案外何とかなるし、許してもらえるし、リトライができるようになっているんだなって、社長業をやっていて感じたんです。
今、自分の立場に置き換えて考えていました。ともすると、それは起業家だけでなく多くの人を激励する気づきかもしれませんね。
そうですね。まさしく今、働き方を見直そうという方が年々増えていて、一つのことを極めるっていうのも良いし、副業をしてみるのも良いし、働く場所も、時間も、どんどん自由になりつつある。起業するという選択もまた、そうした数ある生き方の中の一つに過ぎないんだと思います。
だから、もしも目の前に「こうやって生きてみたい」と思える道があり、けれど漠然とした恐ろしさに踏みとどまっている人がいるとしたら、私はかなり気軽に「やってみるといいですよ」と、背中を押すと思います。人間、それで別に大丈夫だっていう確信があるので。本当に極端な話ですけれど。
インタビュー:2022年1月
Information
LAGOON BREWERY福島潟のほとりに位置する小さな酒蔵として、2021年冬に醸造を開始。順次ショップ&カフェも整備し、酒や自然が好きな方にも、そうではない方にも足を運んでもらえる憩いのスポットを展開予定。モットーは「感激できる、多様なおいしさ」。
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