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column 26

三福運輸株式会社2023.06.15

新風を吹き込み築き上げた
プロとしての信頼と実績。

以前、航空会社の客室乗務員(CA)として勤務していた五月女(そおとめ)社長。CAで培った経験と知識を活かした安全教育とマナー教育に力を入れ、三福運輸のクリーンなイメージを作りあげました。どのような軌跡で今の働きやすい環境づくりに成功したのか、そして新たに進めるもう一つの事業『道の駅 加治川』 の運営・指定管理に携わる、その取り組みについて伺いました。

五月女 奈緒美(そおとめ なおみ)1987年全日本空輸株式会社に客室乗務員として入社。VIP担当として上勤務を1年間経験。事業承継のため三福運輸に2013年入社し、2015年代表取締役に就任。試行錯誤のあとCAの経験を活かした安全とマナー教育に力を入れ、現在の三福運輸のブランドイメージを創りあげた。2022年から、民間運営となった『道の駅 加治川』の運営・指定管理・駅長も務め、おもてなしの接客を通して、訪れた人の思い出に残る道の駅づくりに取り組んでいる。

CAの経験を封印した2年間

まず、御社の事業概要を教えてください。

事業としては一般貨物自動車運送事業を営んでおります。私の父が1991年に当社を立ち上げました。いわゆるトラック輸送です。医薬品配送を中心に製菓や家具、化学製品や精密機器等を配送しています。また昨年、『道の駅 加治川』の指定管理者に選ばれ、「道の駅事業部」ができました。社員は現在40名おります。

営業拠点は新発田の他どこにお持ちですか。

新潟営業所が西区にございまして、金沢営業所が金沢市にございます。そして道の駅事業部が、会社前にある「道の駅 加治川」にございます。

お父さまが立ち上げた会社を継ごうと思ったきっかけは何だったのでしょうか。

私の父が2012年に病気になりまして。あと一年か二年だと余命宣告を受けた父から私に連絡がありました。その際に父から「どうかこの会社を継いでくれないか」と言われたんです。そのとき私は客室乗務員(CA)をしておりました。CAになることが学生の時からの夢でしたし、大好きな仕事でしたから辞めるつもりは毛頭無かったのですが、「最後の親孝行かな」と思いまして継ぐことを決めました。そして2013年に新発田に戻ってきました。

実際、戻られた時はどんな印象をお持ちになりましたか?

いわゆる運送業って言うとトラック野郎とか、ちょっと荒っぽい人とか、そういうイメージは元々ありましたけれども、やはりイメージ通りの会社でした(笑)。

戻られた2年後に社長に就任されましたが、どんなお気持ちでしたか。

そうですね、最初の2年はほとんどやる気がなかったと言いますか。2年間は統括部長という役職を務めて、その後に代表取締役になったんですけれども、とりあえず席に座ってるっていう、今思い返すとそんな状態で仕事をしておりました。

社員の身だしなみや挨拶も含め、私の経験していた世界とは180度違う環境だったので「この人たちをどうまとめたらいいのかな」と悩みましたね。そのうえ彼らは私に対して「どうせ社長の娘だ」とか「CAやってたからなんなんだ」という態度だったので、言うことも聞いてくれませんでしたしね。「何も知らないくせに」とか、本当に色々言われました。当初は26年間CAで培ってきたものを活かそうと思ってたんですけれども、「活かす場はないな」とこの時は感じて、まずはCAで培ってきたものは封印することにしました。まずは運送のことを知らなくちゃいけないので、運行管理者資格を取ったり、経営者として経理の勉強をしたりとか、そんな2年間を過ごしていました。

プロ意識のマインドも運ぶ運送会社へ。

様々な苦労があった2年間だったと思います。少しずつ好転したのはいつ頃からでしょうか。

そうですね。まずきっかけになったのが、私が「物流ニッポン」という業界紙の新聞に出たことです。その時に愛知県の運送会社の酒井さんという社長から電話ありました。「『日本トラックドライバー育成機構』というプロドライバーを育てる組織を立ち上げたので、それにあたって五月女さんのような航空会社で厳しい教育を受けてきた人に、マナー指導の部分で手伝ってほしい」と言われました。その時に「そうだよね」って思ったんです。私に唯一できることが26年間培ってきた客室乗務員の経験を活かすことなんだと。じゃあ、その活かせる経験は具体的に何かっていうと、厳しい安全教育を受けてきた事、そしてマナー教育を受けてきた事。この「安全とマナー」の二本立てで行こうと思ったこの頃から、どんどん改革を始めていきました。

方向性が見えてその軸が決まり、三福運輸のクリーンなブランドイメージが少しずつ出来上がっていったんですね。クリーンなイメージのひとつに「女性ドライバー」の存在があると思うんですけど、実際女性ドライバーの比率や構成はどのようになっているんでしょうか?

今、弊社のドライバーが24名で、その中の8名が女性ドライバーですので比率は30%です。運送業界全体的には2.5%が女性ドライバーの比率なので、10倍以上が当社の比率ですね。

クリーンなイメージ、働きやすさ等が社内や社会に対して少しずつ積み上がってきたということですね。

そうですね。クリーンなイメージにするために、まず法令遵守にすごく重きを置きました。今までの運送業っていうのは「とにかく走ればお金になる」という考えだったんですね。なので、まずは法律が守れるような走り方をさせましょうということで、きちんとお休みや出先での休憩をとるとか、そういったところを整えていきました。

ですが、長距離ドライバーは、お金を稼ぎたくて来ている方が多いんですよね。労働時間でお金を稼いでいるので、その労働時間が短くなるイコールお給料が減るっていうことなんですよ。そうすると「こんな会社にはいられない」って言ってどんどん辞めていき、それにプラスして教育に力を入れましたので、「こんなうるさい会社にはいられない」って。要するにドライバーさんたちは、縛られたくない・一人で仕事ができる、そういう方たちが圧倒的に多いので、管理されるって事はとても嫌うんですね。私は徹底的に管理をしたので、そういう人が次から次へと辞めていきました。でも一方で、そういう会社が良い、そういう会社の方が安心して働けるという方達がどんどん入ってきてくれたので、今のクリーンなイメージになっているんじゃないかなと思っています。

具体的にやられた教育内容というのはどんなものですか?

まず、安全教育に関してはマニュアルを作りました。本当に細かい所ですが、例えば「トラックの乗り降りの仕方」とかそういうのも全部マニュアルの中に入れました。トラックから飛び降りて怪我をする方って実際いるので、そういった事を防ぐためにも。あと、点検や走り方、車間距離はこのくらいあけてくださいということもマニュアル化しました。

その他には「安全運転診断」を取り入れました。これは、360度車内も見える特別な機能のあるドライブレコーダーをつけて走ってもらって、それでGの測定をします。急ブレーキ、急ハンドル等のGを測定するので、荒っぽい運転してる人は点数が下がるんです。後でその点数が下がってしまった原因を映像で見ることが出来るので改善に繋がります。あとはデジタルタコグラフの点数を毎月出しました。100点取れてる人、点数低い人はこうしてね、等々そういった教育をしました。

教育にCA時代のノウハウも取り入れたということでしょうか。

そうですね。まずは安全が第一だっていうところを徹底的にドライバーたちに浸透させました。日常的に乗っているトラックって彼らにしてみると乗用車と同じ感覚なんですよね。特に弊社の場合は4トン、6トン、大型、この3種類ですので、この大きいトラックでもし事故が起こったら大惨事になってしまうという所をまずは意識づけしました。

どうしてかと言うと、CAの教育でも言われている事として、飛行機は今や安全な乗り物だけれども一度落ちたら何百人と大勢の命を奪うことになってしまう。そのために日頃の安全教育を大事にしているので、トラックの運転も同じように考えて「あなたたちも飛行機と一緒だよ」っていうふうにトラックドライバーにもずっと伝えて、セーフティーファーストを掲げて教育をしています。

他にもCAの経験・知識を活かした取り組みはございますか。

全社員に『クレドカード』を携帯してもらっています。これは理念や約束等が記載されているカードで、携帯してもらうことで社員に意識付けすることが目的です。記載されている内容としてはまず、
・弊社の経営理念。「お客様の幸福を願い 社員の幸福を願い 会社の幸福を願う」
・必ず行う5S運転。「スピードの抑止」「信号青確認」「車間距離の適正保持」「シートベルトの着用」「指差呼称で安全運転」
・絶対守る3つの約束(MIFUKU 3 PROMISE)。「セーフティーファースト」「高品質」「法令遵守」

最後にプロドライバーの条件。プロドライバーっていうのはただ運転ができればいいわけではなく、『スキル』、『マインド』、『マナー&モラル』この3つを兼ね備えた人が、プロのドライバーと言いますよっていうのを弊社として謳っています。
CA時代もこうやって社員章のところに常にこういうものを入れてたんですよ。なのでこの会社でもやろうと思って作りました。

「健康経営」も取り組まれていると聞きました。運送業では数少ないですよね。

そうですね。「健康経営優良法人」を弊社は取得しておりまして。「ブライト500」というのを3年連続で取得したんです。社員が健康であることによって生産性が上がり、会社の業績につながるというものなんですね。ブライト500は、日本全国の中小企業部門の中で500社しか選ばれないんです。新潟県では今年度は10社選ばれたそうです。弊社はその中の1社ですし、あと運送会社でブライト500をとっている新潟県内の企業は、弊社のみです。社員の健康も守れますし、企業イメージの向上につながっていると感じます。

様々な取り組みの結果だと思いますが、拠点が広がって金沢の営業所も作られたと伺いました。何かきっかけやお考えがあったのでしょうか?

今から4年前に金沢営業所を立ち上げました。そのきっかけというのが、元々新潟~金沢間の医薬品配送を金沢のお客様から請負ってたんですね。その金沢のお客様が、これから金沢の会社をセンター化していくために、拡大をするにあたって「三福運輸さん、金沢営業所を作る気ありませんか?」と言われたんです。

私、丁度同じぐらいのタイミングで「金沢あたりに拠点があったらいいな」と思ってたんです。何故かと言うと、これから長距離輸送が出来なくなるってその頃から考えてましたので。
じゃあその中で拠点があれば、例えば新潟~金沢間を走る人。金沢~関西を走る人。そうすると、皆さん日帰りで行って来られますよね。そもそも長距離ドライバーを志望する人がどんどん減っていく中で、そういうことってもう絶対に必要だって思っていたので。金沢に拠点を作れば「関西の荷物運べるわ!」と思ったんですよね。なので、金沢に拠点が欲しいなと思ってた矢先に、お客様からそのように言っていただいたので、もう私、二つ返事でした。「はい、やります」って言って(笑)。

社内での様々な回転が良くなってるから、それがどんどんプラスの方向に動いて、社外でもその力が働いたのですね。

そうやってお客様から声をかけていただいた理由の一つは、今までドライバーさんたちがきちんと仕事をしていた、質の高い仕事をしていたからですね。それをお客様に認めていただいた。だから「三福運輸さんお願いします」って言われたなって思っているんですね。それはやっぱり現場の方達がしっかり仕事をして、お客さまとの信頼を積み上げてくださったからだなって思ってます。

今までの経験を最大限に活かす新しい挑戦。

根底となるものがCA時代で培われた思うのですが、その頃は新潟に戻るという考えはあったのでしょうか。

ないです(笑)。CAの仕事が好きだから長くやりたいなっていうふうに思っていたので。かつ、田舎に戻りたくない強い気持ちがあったので、ずっと関東で暮らしていたいなあと思っていたんですけれども、結果新潟に戻るような形になりました。でも今思えば戻ってきたからこそ色んな出会いがあって、そして今の自分があって、こう取材していただくことも含めて、CAだけやっていたら、こんな新しい出来事はなかっただろうなって思うことがたくさんあります。

新しい出来事の一つとして、「道の駅」の指定管理者をされていますね。なぜそういった所に挑戦してみようと思われましたか?

まず、ちょうどコロナ禍になりまして。私供もコロナ前に比べると、一年目は売上が10%減。ただ、10%減ってまだ良い方なんです。何故10%減で済んだかっていうと、医薬品配送を受けていたから。安定したお仕事があったからこそ10%減で済んだんですけれども、この先コロナがいつまで続くかも分からないし、運送業だけで展開していくって難しいなと思ったんですよね。その時に「何か新しいことできたらいいな」っていうのが、既にちょっと頭の片隅にありまして。

そんな時に、当時公社が運営管理をしていた『道の駅 加治川』がリニューアルすることになりました。リニューアルするにあたって、公社ではなく民間がやってくださいと市長から号令がかかりまして。私がここに帰ってきた時、すでに道の駅はあったのですが、とっても寂しい道の駅という印象でした。7号線のこんなに車がたくさん通る場所にあるのに、お客様はほとんど来ていないですし、陳列の仕方や見せ方等がもったいないなと思っていました。

実際に、運営するなんて全然思ってもみなかったんですけども、「私だったらこんなふうにするのにな」とか「こんなふうになればいいんじゃないかな」とか考えてたんです。そうしましたら民間が運営して欲しいていう話になったので、「やっぱり私がやるしかないな」って思って。会社の目の前にあったからっていうことと、あとはトラックが止まってますので、トラックドライバーさんたちも利用しやすい道の駅にできるのは、運送業をやっている私だって思ったからですね。

あとは女性雇用が多く出来るという面もありました。運送業で、確かに今は3割の女性ドライバーがいますけれども、女性ドライバーを雇って定着させるってすごく難しくて。これ以上女性ドライバーを増やすって難しいよねって思った時に、「道の駅だったら女性雇用をいっぱいできる!」って思って。現にほとんど女性スタッフですしね。そうしたら女性が活躍できる場を提供できるなっていうふうに思いました。そしてゆくゆくは障がいのある方もここに携わってもらえるかなって思ったんです。運送業ですとどうしても現場の仕事が多いので、なかなか難しい所があるなと思っていたんですが、道の駅だったらできるかもって思って。

最後もう一つは、私が接客をしていたので「やっと経験が活かせる」っていうふうに思ったことです。

今まで目の前にあったけれども気がつくきっかけが無くて気づけなかった。
でも民間に運営して欲しいという事で、様々な可能性に気づかれたということですかね。

そうですね。もし民間に委託しますという話がなければ、何も全然変わりませんでした。

本当に何かに導かれてるような感じですね。

思ってる事を口に出すと本当に現実になるなって。「思いは叶う」です。本当最近それを実感しています。「私はこういうふうにしたい」っていう話をすると、自分の口から出たから、多分言ったことに対して責任を取ろうと無意識に働くのかなと思って。そうすると自分がどんどんそっちの方向に行動していくんじゃないかなと思ってるんです。

それで実際に応募されて審査に通ったと。今度は自分のスキルを活かすようなお仕事が、本当に出きた訳ですね。

できましたね。私みんなに言われるんですけれども、「道の駅にいる時の方が楽しそうだね」って(笑)。運送業でもドライバー社員のマナー教育の取り組みは、CAで学んだことを更にいかせているなと思っています。

道の駅ですと直でお客様との接客ですので、CAで学んできたことをここで活かせてるなと思いますね。皆さんに言っていただけるのが、「スタッフの接客が本当に素晴らしい」って褒められるんです。もう「私の思惑通りだわ!」と思って(笑)。もちろん美味しいものがあるとか、買いたい良い商品があるというそれも一時の評価なんですけれども、道の駅に行った際、そんなに“接客されてる”っていう認識を持ってる方っていらっしゃらないと思うんですよね。だから、あの道の駅に行ったらこんなふうに話しかけられて楽しかったとか、接客っていうのが一番お客様の思い出に残るものなので。『道の駅 加治川』をそういう道の駅にしたいと思っていたので、それが思惑通りになってるなと思っています。

リニューアルした道の駅 加治川に来たとき、他の道の駅とは違う凄くあったかいものを感じました。道の駅は全国でもいっぱいありますから、差別化が大事になってきますよね。

そうなんです。設備はもう限界があるので、もちろんもっと大きい方がいいですが、そこを嘆いてもしょうがないので。じゃあ付加価値をつけるなら何かって言うと、やっぱり「接遇」だよねっていうところに行き着いてます。

口に出すことで夢は叶っていく。

今後、三福運輸と道の駅 加治川をどんな方向に持っていきたいとお考えでしょうか?

はい、まず三福運輸の運送部門としては、令和6年の10月に金沢営業所が拡大します。今の倍ぐらいになりますので、主としている医薬品部門でもっともっと展開していきたいなと思ってます。

道の駅は指定管理が5年ですが、その先もまだまだやることがたくさんあるなというふうに思っておりまして。生産者さんとの関係も含めて、もっともっと私たちに出来ることってあるんじゃないかなというふうに思っています。ゆくゆくは農家とか野菜作りができるかなって、今そんなことも考えておりまして。この新発田市にはここにしか道の駅がないので、ここから新発田の魅力、新潟の魅力をどんどん発信できるようなそんな道の駅にしていきたいなと思っています。

最後に、次世代の若い人たちに向けてのメッセージをいただけますか。

まずは夢を持つこと。夢を持ったら今度はどういう目標にするか、次は目標に向かって何をするか、と行動し続けていくと、最終的に夢が実現できるんじゃないかなと思っています。

これは絶対にやりたいって思ったことはまずは口に出す。そうすると自然にそちらの方向に自分が行動して、意識がまずそこに行きます。それが行動につながってるのかなと思っているので、私は本当に思ったこと絶対やりたいことは絶対口に出そうと思っています。

私がCAになる事って学生の時からの夢だったんですね。実際にCAになるって決めてからは、そのために何をしようって考えて行動して、そしてCAになることができた。これは私の娘の話なんですけれども、娘はプロのバレリーナになる夢を持っていて、先日ベルギーに留学が決まりました。これも夢を目標にして行動し続けてきたことなんですよ。

この会社を継いだのは本望ではないんですけれども、やっぱり「継いだからには良くしなきゃいけないよね」って思いました。そして、そこに何か目標を持ってやらないとこの会社は良くならないし、自分自身が辛くなる。この会社をこれからどうしていきたいかっていうのが目標になって、行動したことで様々なことがつながって今変わってきたんじゃないかなって思ってます。

インタビュー:2023年4月

Information

三福運輸株式会社 創業は1991年。新潟県内から関東甲信越・東北・北陸まで幅広いエリアで、医薬品輸送を中心に家具や製菓を輸送している運送会社。2015年よりCAの勤務経験がある五月女社長が代表取締役として就任後、安全とマナー、プロドライバーの育成のため徹底した教育を行う。2021年より新規事業『道の駅事業部』を発足。『道の駅 加治川』の運営・指定管理者に携わり、CAの経験を活かした接客や、女性雇用を増やす取り組みに力を入れている。

〒959-2411 新潟県新発田市横岡1166番地2
TEL:0254-33-2229
URL:https://www.mifukuunyu.com/

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