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column 7

新潟大学経済科学部2020.11.15

新潟をシリコンバレーに次ぐ
スタートアップのメッカに。

新潟大学でアントレプレナーシップ(起業家精神)育成を目指した実践ゼミを展開。2019年12月には起業家育成ラボ「ベンチャリング・ラボ」を設立し、2020年3月に設立された「新潟ベンチャー協会」では理事に就任。新潟県のアントレプレナーシップ育成の先導者として注目を集める伊藤准教授に、話を伺った。

伊藤 龍史(いとう りょうじ)早稲田大学卒業後、早稲田大学大学院商学研究科修士課程・博士後期課程、早稲田大学産業経営研究所助手を経て2009年新潟大学着任、シリコンバレーのサンノゼ州立大学ビジネススクール客員研究員などを歴任。県内のアントレプレナーシップ関連活動に積極的に協力する。

マーケッター・起業家を育成する「伊藤ゼミ」

研究活動や活動実績を教えてください。

研究者はだいたい自己紹介をする時に2つのやり方があって、一つは自分の研究テーマを説明するやり方、もう一つは自分の教えている分野を説明するやり方。個人的には研究テーマに引っ張られて動いているのが研究者だと思います。

研究テーマとしては、分散状況下での(距離や境界をまたいだ)価値共創プロセス、知識統合プロセス。まさに今研究しているスタートアップやベンチャーですね。これらは一つの組織の中で全てが完結しないので、さまざまな組織や個人と一緒になって知識をくっつけていかないと新しいことが生まれないんです。価値共創という意味では、コールセンターを海外の会社にアウトソーシングするといった、遠隔でのサービスもそうですね。こういった現象の分析・研究の中でも、中心にあるのが「アントレプレナーシップ」。起業家がどのようにして生まれてくるのかということです。

分野としては、ベンチャー経営戦略論、ベンチャーマーケティング論、アントレプレナーシップ論、サービス経営論になります。

先生のゼミからは学生ながらに起業される方が出ています。具体的な事例は?

たくさんありますが、例えば現在Reboot Japan株式会社という、日本学校の日本語教師と留学生のミスマッチをなくす事業を展開する企業を経営している卒業生は、在学中に起業しました。私が運営している「ベンチャリング・ラボ」の事例では、地方と都会のピンポイントな仕事のマッチングサービスをする株式会社Riparia、「歯磨きで世界を幸せにする」というコンセプトでビジネス展開する株式会社SNOWHITEとか。起業準備中であったり、起業に挑戦しようとしている学生も非常に多いですね。

ゼミの特徴はなんでしょう。

私がシリコンバレーに行くまでは、私自身も先生としては初心者だったので、教科書を読んで発表して、という私が経験したありがちなゼミをやってたんですね。ところがシリコンバレーでは、大学の近くにある企業が教育に関係を持つということを当たり前にやっている。新潟でもそれをやってみたいと思って、アントレプレナーシップを持った人とマーケッター、新潟にあまり多くないと言われている、その2つを育成しようと考えたんです。

マーケッターの育成に関しては、理論ばかり覚えても使えないと意味がないし、使うだけをやっても身に付かない。じゃあ、マーケティングの分厚い教科書をまず必死に読んで、それを使ってアウトプットしましょうよと。新潟の企業が抱えている、実際のマーケティング上の課題を聞いて、その課題に対して学生たちがチームを組んで取り組んでいく。しかも、単なる面白アイデア提案じゃなくて、きちんとした理論や調査に基づいた提案。そういう、インプットとアウトプットどちらも重視するようなやり方で企業コラボレーションを行いました。

アントレプレナーシップに関しては、これはもうまとめて教育できるようなものではないので、学生たちの希望を聞きながら各々カスタマイズして指導していきました。ビジネスコンテストへの参加もそうです。そうしたら、全国大会で優勝したり、世界に進出したりする学生たちが出てきて。ここまでのレベルになるんだ、ということに私自身も気付いて、どんどん加速させていった感じですかね。


⽶国⼤使館等によるビジネスコンテストで全国優勝した、“⽇本酒が苦⼿な⼥⼦が飲みたくなる”日本酒ギフト「にゅーふぇいす」。クラウドファンディングで資金を募り、苗場酒造と協⼒して商品の開発・⽣産・販売を行った。
学生と企業とのコラボについて、特に印象に残っている事例はありますか?

もうじき30社ぐらいとコラボしたことになるのですが、それぞれの経緯がさまざまなので、比較が難しいですね…。ひらせいホームセンターさんとのコラボは、学生たちからも人気が高く、長く続いていることもあって私としても思い出深いところがあります。「店舗内のマーケティングを提案してほしい」という、かなり具体化されたもので、学生たちは1年間かけて行った提案の総まとめを、ひらせいさんの取引先が集まる戦略会議で発表するんです。500数十社、しかも経営者レベルの人たちの前で、というインパクトもあって、非常に刺激的なコラボだと思いますね。最近は企業側から相談してくださることも増えてきたので、これから先もいろんな面白いコラボが出てくると思います。

社内でイノベーションを起こすには

会社内の起業については、どのようにお考えですか?

一般的な起業と置かれた文脈が違うだけで、なんら変わりはないと思います。ですが、環境が整いさえすれば起業しやすい反面、それに慣れていないような組織文化の場合は、なかなかうまくいかない可能性がありますね。経営学の研究のなかで「イシューセリング」という概念があります。イシューは課題、セリングは売る。「こんな新しい事業や商品があると良いんじゃないか」という、従業員から上がってきたイシューが、中間層くらいでファーッと消散してしまう組織がある。一方で、キチンと選別されて上までいって、最終的に事業化をする組織もあるんですね。イシューセリングがうまくいかないような組織文化の場合、なかなか社内起業や社内イノベーションは難しいと思うんですよ。イシューがきちんと事業化、商品化までされていく環境や仕組みが整っている企業であればあるほど社内ベンチャーが起こりやすいのではないでしょうか。

大規模企業はイノベーションを起こさないと大規模企業であり続けることができません。イノベーションは自由な発想のもとで生まれてくるので、成功パターンができてしまうと、なかなかイノベーションを起こしにくいんです。だから自社とは文脈的に別なベンチャー企業に目を付けてお金で買うわけですが、こうした今までのイノベーションの起こし方が効かなくなってきている。今までベンチャー企業を買うことができたのは、ベンチャー企業が自社自身で大きくなることが、制度的にも難しかったから。でも、今は自力で大きくなっていく素地がだんだん整ってきているので、大規模企業が買いますよと言っても「いや、いいです自分でできますから」と断られる可能性がある。だから、大規模企業は社内でイノベーションを起こさないといけないのですが、これまでやってこなかった企業にはなかなかできない。最近日本でも「両利き組織」になることの重要性が注目されています。現状を保守するという発想の「活用」行動だけでなく、将来の成長を目指した「探索」行動も同時に進める必要があるという理論です。大規模企業は自社のなかでイノベーションのエコシステム(生態系)を作っていかなきゃいけないというのが、今後の動きだと思います。

中小企業でイノベーションを起こすのは、大規模企業より難しいでしょうか。

逆だと思います。企業文化、組織文化って、誰かが作るものじゃなく自然と生まれてくるものですよね。大規模企業はいろんな人、お金、情報、モノがあるから、文化ができやすいんですよ。一方中小企業は、特に新潟の場合は、組織文化ではなく多分、経営者そのものの性格。そう考えると、中小企業は経営者がその気になれば大きく変わることができるので、エコシステムを社内に作り上げることに向いていると思います。

起業の鍵を握るのは「繋がり」

若い人を中心に、徐々に起業家精神が芽生えてきてはいますが、新潟県の起業家率は最低レベル。何か要因はあるのでしょうか?

基本的に、起業するって珍しいこと。だから、自分一人っきりなんじゃないかと不安になったり、周りからなんか珍しいことをしている人って思われたりしてしまうんですよ。そういったことが、そもそもの起業しにくさに至っていると思います。起業が起こりやすいかどうかというのは、その人本人がいるかどうかではなくて、その雰囲気があるかどうかなんですね。

起業家を生み出すような生態系のことを「スタートアップエコシステム」と言いますが、それが世界で一番うまくいっていると言われているのがシリコンバレー。日本では福岡などが注目されています。東京・大阪はそもそも大きすぎるので自然と起業家も多く、生態系ができあがっているかどうかは分からない。新潟の場合は、生態系を作るための要素は全部あるんです。全部あるのに、全く繋がっていない。それぞれが小さくあちこちでイベントをやっているので、ビジネスコンテストだけでも相当数あるんですよね。そこが有機的にネットワークを作り上げられていないというのが、新潟の最大の弱点だと思います。いったんそれができれば、足りない要素がないので、新潟は一気にエコシステム化できると思うんですよね。実際、 今は新潟県が主導しながらスタートアップ拠点を作っています。ああいった動きが必ず、確実に実を結ぶと思うんです。繋がることができれば、新潟のスタートアップの割合が下の方だという課題は多少解消されるのではないでしょうか。

起業する時に必要なものには、人的資本とかお金とかいくつかの要素がありますが、一番重要と言われているのがネットワーク資本。人の繋がりですね。これは、若いうちはなかなか広がっていかない。だからシニアに比べて若い人の方が起業のハードルが高いんです。だから、まずは若手の育成を徹底的にやっていった方がいいのかなと思いながら活動しています。

2019年12月にはゼミ生や新潟大学の学生以外の人たちも入って来られるような「ベンチャリング・ラボ」を立ち上げました。ラボを通じて、新潟のスタートアップエコシステムのキープレーヤーになるような起業家、マーケッター、戦略家、支援者……いろんな人たちを育成していこうと思っているので、そのあたりをもう少し活発に動けるような工夫をしていきたいですね。


「ベンチャリング・ラボ」は、新潟駅前の「SN@P」を中核拠点として活動。
起業を志す学生などを対象とした勉強会や交流会を開く。

“にいがた”の未来に向けて

新潟県、日本をこういう風にしていきたいという大きな夢はありますか。

新潟県というよりは、ひらがなで“にいがた”ですかね。シリコンバレーのように、スタートアップ関係に関心がある人たちが、そこに行けば何か叶う、というような場所にしたいなと思っています。新潟で2・3泊くらいしていけば何かがあるかもしれない……という風に。

“にいがた”がなかったら世界が動かないような、そういう場にもしたいなと思っています。実はこれがないと動かなくなるとか、隠れているんだけれど重要な一部分を担っているような。私は出身が福岡の中心部ですが、起業といえば福岡よりも新潟、みたいにしていきたいと思っていて。大学の教員面接で新潟に生まれて初めて来て、縁もゆかりもなかったはずなのに、一度住み始めるとなんか好きになるんですよね。新潟の生まれでもなんでもないので「よそ者」かもしれませんが、誰よりも新潟をどうにかしたいと思っているんじゃないかなって気付く時があります。

こんな研究者になりたいという、目指すものはありますか。

研究者って、楽しくないといけないと思うんですよね。自分の研究が面白くて、ニコニコにしながらやっているからこそ、「こんなに大人が楽しんでやっているんだ」という姿に惹かれて学生が集まってくる。だから、夢中になって楽しめるような研究者になりたいと思います。

もう一つ具体的な人物像があります。シリコンバレーにあるスタンフォード大学は、今では世界的にもトップレベルの大学ですが、シリコンバレーが生まれた当初は、いわゆる日本でいうFランク大学だったんですよね。そこにフレデリック・ターマンという電気工学の先生がいて、その先生が研究者としても一流、教育者としても一流なんです。ターマン先生は学生とお喋りするのが好きで、研究室のすぐ近くにあったアマチュア無線の部室に頻繁に突撃していました。よく話すようになった学生2人に起業を勧めるのですが、彼らはどこかに就職してしまう。でも、彼らは戻ってきて2人で起業をするんです。それがヒューレット・パッカードで、シリコンバレーが今みたいになるスタートだったんですね。こんな人みたいに、研究も、教育も、社会との連携も、全部徹底的にやりたいと思っていて。

私も…というよりも、ここの研究室がなかったらこういう風にならなかったよねっていうぐらいの、重要な転換点になりたいと思っています。


伊藤准教授が感銘を受けた本のひとつ『シリコンバレー創世記―地域産業と大学の共進化』(白桃書房)。
“シリコンバレーの父”ターマン教授の功績を詳しく知ることができる。
最後に、20 代の就活生や新社会人、30 代の中堅社員など、若い世代へのメッセージをお願いします。

吸収する力、受け入れる力、これが大事です。学生がビジネスアイディアや進路に関する悩みを相談しに来ることがありますが、その時にだいたい2パターンの人がいて、一つは、聞いたことを必要なことだけきちんと吸収する人、それを次に生かしてくれる人。もう一つは、「でも、でも」と言って、結局いろんなことを寄せ付けない人。自分なりの答えがあって、でも悩んでいて相談するのですが、周りの意見を聞いても結局変えない、変わらない。前向きに考えると、自分がしっかりあって、良い意味で頑固なんですけど、多分そうじゃない。

他の人の経験に基づいた意見やアドバイスを、自分なりに適切に解釈し直して、再定義して、自分のなかに落とし込むということが、とても重要になると思うので、その力を伸ばそうという意識を持って欲しいですね。これは若い世代に限った話じゃないかもしれないですが、少なくとも若い時からそういう癖は付けた方がいいと思います。

インタビュー:2020年8月

Information

新潟大学経済科学部伊藤龍史ゼミ競争率が約4倍という学内屈指の人気ゼミ。インプット学習、アウトプット学習の両方を重視し、県内の企業が抱える課題に対して学生チームが解決策を提案する企業コラボレーションを活発的に行う。ゼミからはビジネスコンテストで入賞する学生や、実際に起業する学生も多く生まれている。
〒959-2181 新潟市西区五十嵐2の町8050
TEL:025-262-7483

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