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column 16

株式会社バウハウス2021.12.15

福祉の垣根を超え、
障がい者アートが街を彩る。

新潟の街並みや店先に溶け込み、暮らしを彩るアート作品の数々。それらの作者に思いを馳せたことはあるだろうか? 株式会社バウハウスの代表であり、同社の障がい者支援事業「まちごと美術館 CotoCoto」の館長も務める肥田野氏に、事業出発点のお話と、そこに秘められた思いの丈を伺った。

肥田野 正明(ひだの まさあき)新潟県新発田市出身。障がい者就労支援から公民連携によるまちづくりまで、複数の分野にまたがりソーシャルビジネスを展開する。自然が好きで、経営者仲間と登山やカヌーに繰り出すほか、都市と自然とが隣り合う新潟市の景観をこよなく愛している。

ある一枚の絵に魅せられて

まず「まちごと美術館」事業について、概要を教えてください。

まちごと美術館は、企業などの団体に対して、障がいのある方たちが手がけたアート作品を貸し出す事業です。基本レンタル料3,000円/月のうち、500円が作者さんの収入となる仕組みです。純然たる展示物としての利用のほか、工事現場の囲いですとか、公共空間のサインスペースなどにデザインデータが活用されるケースも含め、現在、おおよそ112の団体に179の作品を貸し出しています。

この事業を着想するに至ったきっかけは?

あるとき、障がいのある方が描いた絵を個人的に購入したことがありまして。事務所の応接スペースに飾っておいたところ、思いのほか多くの人がその絵に注目するんです。こうしたものに関心があるのは自分だけじゃないんだと気づくと同時に、限られた人の目にしか触れない場所に、ただ飾っておくのはもったいないとも思うようになって。

それで、いくつかの福祉事業所に尋ねてみると、やはりというか、いわゆる「障がい者アート」が日の目を浴びるタイミングというのは、秋の文化祭シーズンやら何かの公共事業のときぐらいで、それ以外ではほとんど活用されずに、埋もれてしまっていることが分かったんです。

どうにかして、福祉という枠の中に閉ざされたアートを、外の世界に連れ出すことはできないか。レンタルという形でなら、多くの人の手に渡り、街のあちこちで飾ってもらえるようになるんじゃないか。そこで収益が得られれば、障がいのある方々の自立にもつながるんじゃないか。そうした思いから、この事業は始まっていきました。

ここにも多くの作品がありますが、何か人を惹きつける力を感じます。

ですよね。私には絵の専門的なことは分からないのですが、魅力のひとつとして、作者本人の斬新な捉え方があると思います。例えば、以前「少し頭の潰れたお相撲さんの絵」を見たことがあるのですが、なぜそうなったのかと言うと、その作者さんは人物の絵を描く際、必ず脚から筆を入れていくんだそうで。

普通と言うのも変ですけど、おそらく大抵の方にとって人物の描き順って、まずは頭なり、身体なりじゃないですか? でもその子にとっては、脚から描くのがごく自然なことで。だからこそ最後、紙面が足りなくなって、ちょっと頭の方が潰れ気味になっちゃう。そんなストーリーが、作品の一枚一枚にあるわけです。絵そのものはもちろん、その描き手自身に独特の魅力があります。

レンタル事業の発足当時、世間の反応はどのようなものでしたか?

産業見本市「にいがたBIZ EXPO」の場を借りて、事前調査をしてあったので、ニーズにお応えできる自信はありました。3,000円という料金も、アンケートに寄せられた意見を参考に設定しています。新潟市役所のロビーをお借りして大々的にキックオフしたところ、地域の注目も上手く集めることができたと思います。

レンタルされて、どこかの社屋や店先に飾られたアートを、別の誰かが目にする。関心を集め、話の種になり、後日、また別のアートがレンタルされていく……。そうして徐々にユーザーの輪が拡がっていったかなと。強いて言えば比較的、障がい者支援・ボランティア・福祉的な考えに理解のある企業さんが借りていくケースが多かったですね。

「経済価値とともに、社会価値も創造しないと、これからの企業は持続化できないよ」という、SDGs的な考え方は、今でこそすっかり浸透しました。ところが、この事業が発足した当時はまだまだ義務感のような空気が強かったものですから。私たちの思いに賛同して、いち早く協力してくれる方々がたくさんいたというのは、本当にありがたいことです。

“雇用”では支援できない人たち

本題からはそれますが、ここで肥田野社長の本業について、改めてお聞かせください。

本業は、清掃を中心としたビルのメンテナンス業です。建築関連の仕事をしていた父の影響で、1992年に創業しました。当時は、深夜営業の店やフランチャイズチェーン店が台頭し、掃除屋さんの需要も非常に高まっていた頃でした。お陰さまで忙しくさせていただき、現在に至るまでこの仕事を続けてこれています。

清掃業というと、いわゆる「3K」のイメージがあります。人材の確保は難しかったのでは?

仰るとおり、当時も今も大変ですよ。ダブルワークが当たり前にできた頃は、日中のお仕事を終えてからうちで働かれるといった方も一定数いましたが、今はワークライフバランスが重視される時代ですし、仕事そのものの選択肢も増えましたのでね。

そうなると、どうしても、障がい者雇用が大きな比重を占めてくる。障がいのある方との関わりですとか、社会とのさまざまな隔たりについて、私が当事者の一人として取り組むようになったのは、日頃から雇用主として、彼ら、彼女らと接する機会があったからなんです。

障がい者の就労というものを考える上で、30歳くらいの頃、欧米視察にも行ってきました。ニューヨークだとか、ラスベガスだとか、眠らない街に建つビルの清掃ノウハウが学びたかったというのもありますが、なにより人種も言語もバラバラで、意思疎通が難しい相手に対して、一体どういう人材教育をしているのか。それがどうしても知りたかったんです。

結果、人にシンプルに指示を伝える術として、大抵の場合「番号」と「カラー」が用いられていることが分かりました。「ここから上の掃除には青のタオルとスプレーを使ってね」ですとか「ここから下は赤のモップで掃除してね」といった具合ですね。

なるほど。確かに、障がいのある方への就労指導にも応用できそうなテクニックですね。

ええ、実際かなり参考にさせてもらいました。スタッフに対してはもちろん、特別支援学校の生徒さんにもレクチャーしたり、テクノスクールで講義を開いたりする機会もありました。よそでは働けなくても、清掃の仕事で生活できるようになったよって人が、一人でも増えてくれたらと思って。

しかしながら「やってみたら案外できるね」という子たちは、比較的障がいが軽度なタイプであることも多くて。社会に出るのがどうにもこうにも難しい人たちというのは、やはりそれなりに重い障がいをお持ちなんです。

本業だけでは、あくまで「訓練すれば問題なく外に出られる人」の助けにしかなれない。そうではなく、もっと重い障がいと向き合っていかなければならない方々に対しても、何かできることはないかなぁと、ずっと考えていて。まちごと美術館は、まさしくその答えのひとつなんですよ。

アートが変えていく人の価値観

2016年にスタートしたまちごと美術館。この5年間で感じた変化などは?

まちごと美術館の作家として活動されている方たちって、もともとはみんな、まったく自由に好きな絵を描いていただけなんです。誰に見てもらうでもなく。でも、人に選ばれたり、見てもらえたりするようになって、評価をもらううちに、最近では作家さんたちも、みんな一様に「見てくれる人に楽しんでもらうために描いてます」って言うようになったんですよ。

まちごと美術館を立ち上げるまでは考えもしなかったことです。でも、今や自然にそうした意識が彼ら、彼女らの中に芽生えて。中には、お客さんの「こういうのが欲しい」ってリクエストに応える作品を作ってくる方もいるくらいで。誰かを喜ばせるために、人の期待に応える。その瞬間の、こう目的意識というか、喜びのようなものって、誰にとっても等しく大きいものなんだなって。

ユーザーの存在が作者に新たな価値観をもたらし、より意欲的な作品も生まれているんですね。

徐々に徐々に、お客さんと作家さんとの距離感も縮まっている気がします。ある一件では、工事現場の監督さんからオファーを受けて、作家さんが自ら先方の事務所を訪問して。その監督さんにお話を伺ったりリクエストを聞き取ったり、写真なんかも見せてもらって。なおかつ、自分はこう描きたいっていう意見もきちんと伝えて。

公共空間にどんなアートを作り上げていこうかっていう打ち合わせを、私が間に入らずとも、しっかり成し遂げていたんです。それをそばで見ていて、ああ、本当に素晴らしいことだと。雇用とか、収入とかももちろんですが、それに伴うもうひとつの、大きな価値が生まれているんだなって。

事務所の一角には、総勢27名の作家陣がこれまでに制作してきた、数多くのアートが保管されている。
肥田野社長ご自身には、なにか変化のようなものはありましたか?

私たちって、やっぱりお仕事で人と出会うときに、名刺交換をしますよね。でも、まちごと美術館関連の場合はしばしば、名刺なんかお渡しする暇もなく「早くその袋の中身見せて」って仰る方がいたりして。で、作品をドンとお披露目すると、もう話が始まって止まらないのなんのって。

そうした場に、名刺だ何だっていうツールはもはや必要がなくて。この作品はどうだの、作家さんはどうだの、何だのって言う、自分の興味関心について語ることが、何にも勝る自己紹介だということですよね、おそらく。アートというものが、人と人との距離感をグッと縮めてくれる機会というのは、実に多いんですよ。

アートと出会う前は「自分は何々業で、どこどこからきました」みたいな、四角く囲ったフレームの中でしか自分を語ってこなかったなぁと思って。相手からすれば、うちは単なるビルの清掃業者でしかありませんから、「掃除屋さん」っていうフレームの中に、相手の求めていることが入っていない限り、それ以上の関係性というのは絶対に生まれない。

業種間の交流を目的とした、名刺交換会みたいところにいくら行ったって、そんなコミュニケーションが弾むことってそうそうない訳です。でも、そこにアートっていう変化球があることで、案外いろんな話が引き出されていく。その人の職業とか、所属みたいな関係性をいったん取り払った、その人本来の感性というべきか、そういう部分を共有できる。

基本的な事ですよね。自分の好きなものを開示して、それを互いに共有するっていうのは、人間関係を形作っていく上で一番良い方法だと思うので。それを促してくれるというのはひとつ、アートの持つ力なんだなぁと思いますよね。

周囲を巻き込み、動き続ける

お話を聞いていると、肥田野社長の行動力には眼を見張るものがあります。何か秘密があるのでしょうか?

それ、私も最近考えたんですが。なぜだろうと。ひとつ思い当たるのは、今、新潟駅〜万代〜古町にかけての都心軸を「にいがた2km」と銘打った再開発が始まっていて。ここをエンジンに、新潟全体をもっともっとにぎわいある街にしようというテーマで、多くの人が動いているんですが、まさしく自分の行動圏もその「にいがた2km」のど真ん中なんですね。

私だけじゃなく、この辺りに住んでいたり、この辺りで商売をしていたりする方々は「こんなプロジェクトやるから参加してくれよ」とか。「こういうこと始めるから一緒にやらないか」とか。毎日毎日、とにかく新しい計画が飛び交っては結びついてという、クロストークが繰り広げられている。

そういうのが日常茶飯事なものですから、行動力のある無しはあまり関係がなく、嫌でも巻き込まれるんですよね(笑)。本当に、あれがやりたい、これがやりたいと考える人たち、アイデアマンがいっぱいいますので。秘密があるとすれば、それですよね。

必ずしもご自身の意欲のみで動いている訳ではなく、周囲の環境がご自身を引っ張っていると。

例えば、ものすごく仕事で悩んでいて、とても周りのことに構っていられないとき、誰しもありますよね。そんなときも、なんだか周りでめちゃくちゃ楽しそうにされていると「なんで自分だけこんなに悩んでんだっけ……?」「相談した方が早いな?」みたいな感じになったりする。巻き込まれることもあれば、こちらから巻き込むこともあり、そこは持ちつ持たれつですよね。

肥田野社長が未来に願うことは何ですか?

やっぱり、まちごと美術館。これを新潟だけじゃなく、いろんな都市に拡げていきたい。いろんな都市にまちごと美術館になってもらいたいっていうのがまず大事かな。私たちの周りの、障がいのある方々の生き方につながるこの事業が、もっともっといろんな場所へ拡がっていくといいなと。

あとは、雇用とは違う新たな選択肢として、本当に必要なときに、障がいのある方と一緒に働けるような、まったく新しいスキームを作ってみたいなと。今まさに構築している最中なんですが、アートだけじゃなく本業の部分でも、障がい者支援という元来の目的を果たし続けたいので。引き続き、そういった構想も展開していきたいです。

最後に、これから次世代を担っていく若手読者へメッセージを。

例えば今、何かビジネスを起業したいとお考えの方がいるとして。いわゆる「持続可能な商売」っていう形を構築していくために、まずはインターネットであれこれ情報を拾い集めるっていうのが今どきは常套手段だと思うんですけれども。

でも、かつて自分が、障がいのある方たちとの関わりを得るに至ったのは、ネットに載っているような情報のためではなく、自分自身の感性とか、肌感みたいなものが非常に大きかったよなぁとよく思うんです。ビジネスには、脚を使って現場に行かないと分からないって部分が絶対にあるので。

そういう意味では、自分の目や耳で見聞きするってすごく大事だよ、と伝えたいですかね。どんなに忙しい忙しいと思っていても、そういう感覚だけはずっと残していただきたい。多分、そういうものは今後も、きっと必要になってくるんじゃないかなって思いますね。

インタビュー:2021年10月

Information

株式会社バウハウス社会的価値あるビジネスの構築と、持続可能な未来の創造をめざし、あらゆる分野との連携を図る協働カンパニー。ビルクリーニング・フードサニテーションを軸に、障がい者就労支援事業、公民連携(PPP)事業、感染防止・環境配慮事業などを展開。

〒950-0982 新潟県新潟市中央区堀之内南1-32-16
TEL:025-248-1960
URL:https://www.bauhaus-niigata.co.jp/

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